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「広軌」と「狭軌」


 大量輸送機関として、200年近く前に登場し、今も進化を続ける鉄道は、英語で“Railway”や“Railroad”というように、「レイル」という「軌道(きどう)」の上を、車輪を転がして走ってきた交通機関です。その左右のレイルの内側の間隔を、 「軌間」=“Track Gauge ”あるいは、単に“Gauge=ゲージ”といいます。


 国際的な「標準軌=標準となるゲージ」の幅は,1,435mm(1メートル43センチ5ミリ のことですよ!)です。これは、大昔のローマ時代の馬車の車輪の幅からきているともいいますが、蒸気機関車の父、イギリスのジョージ・スチーブンソンが、技術者として働いていた炭鉱鉄道のゲージを、イギリス議会が標準軌としたことで、決まりました。


 標準軌より広いものを、「広軌=Broad Gauge」といいます。その例として、旧ソ連各国やモンゴルなどの「1,524mm」のもの、インド・パキスタンの「1,676mm」、すでに廃止されましたが日本の琵琶湖疎水インクラインの「2,743mm」などを上げることができます。

 ナチスドイツには、「3,000mm」の巨大鉄道を敷く計画がありましたが、実現しませんでした。

 一方、標準軌より狭いものを、「狭軌=Narrow Gauge」といいます。遊園地のミニ鉄道を持ち出すまでもなく、その例はいくらもあります。例えば、東南アジア・ドイツ・南アメリカの一部に、「1,000mm」のものがあり、「メーターゲージ」と呼ばれます。「なるほど!」ですね。そして、世界の多くの軽便鉄道が、「762mm」です。日本で「狭軌」というと、大抵この幅だそうです。さらに、この幅が「2フィート6インチ」であるところから、「ニロク」とか、「ニブロク」の愛称もあります。では、「ニロク」が出たところで、日本の鉄道のゲージを取り上げていきましょう。

 1872(明治5)年、新橋~横浜間に敷かれたわが国初の鉄道のゲージは、「1,067mm」でした。そして、その後日本全体をおおっていった旧国鉄(=日本国有鉄道)では、紆余曲折はあったものの、すべてこのゲージが採用されました。
 なぜ、国際標準軌にしなかったのでしょう?

 まず考えられるのは、明治政府高官の認識不足や資金不足、さらには、他の国が日本に車両を持ち込んでも使えないようにしたといった軍事的理由もあったかも知れません。「1,067mm」が、国際標準軌の「1,435mm」と「ニロク」のほぼ中間であることに、理由が隠されていると考える人もいます。旧国鉄が国際標準軌を実現させたのは、なんと、1964年の東海道新幹線開通のときでした。

 ゲージのことで話題性があるのは、私がよく利用する(首都圏を走る) 「京浜急行」「京王線」です。京急は1899年に「六郷橋」と「川崎大師」を結んだ「大師鉄道」が母体ですが、最初から国際標準軌を採用し、その後の変遷にもかかわらず、同じゲージを守って、今日に至っています。

 一方、京王線のゲージは、ユニークな「1,372mm」です。これは、路面電車の登場前に東京の街を走っていた馬車鉄道のものです。京王線の前身は、1915(大正5)年に開通した「京王電気軌道」ですが、馬車鉄道を引き継いだ東京市電(現 都電)との乗り入れのため、東京のオリジナルゲージともいうべき「1,372mm」が採用された訳です。
 日本では主に現JRの「1,067mm」を標準軌とする考え方もあります。これに従えば、京急や京王線のは、広軌ということになりますね。

 この二つの鉄道のゲージは、他よりぐっと広いのですから、さぞ車体も大きいと思うでしょう? ところが、京王線の丈は確かに高いようですが、他のサイズはさほどではありません。私は、上りと下りの線路の間隔が、ゲージに見合うほど広くないためではないかと推測しているのですが、どんなものでしょう? ご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひ、本ブログにコメントしてください。



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【ハム先生】
過去には中学校、現在では都内・某私立高校と某女子大学で教鞭をとる。趣味も「日本史」「世界史」…? 歴史・文化・芸術…等々のジャンルで執筆していくよ!

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