究極のリサイクル ~ミイラの利用
去る3月3日の雛祭りの日の朝刊に、インカ帝国展(マチュピチュ遺跡発見100周年記念、朝日新聞社主催、3月10日~6月24日開催)に出品されるミイラのCT解析のことが載っていました。これを見て、私=ハム先生は、本家エジプトのミイラに関わる次のエピソードを思い出しました。
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『大猷院(だいゆういん=徳川家光の法名)御実記』正保元(1644)年12月28日の条
☞「この日阿蘭(オランダ)人が奉げた貢物は、自鳴鐘・珊瑚樹・・・みいら五匁・・」
『長崎オランダ商館日記』1652年2月26日の記述☞「大目付井上筑後守が発注した品、ミイラ 目方100匁・長い干葡萄 10斤・椰子の実 20箇・・・」
『オランダ船プリンセス・マリアン号の1833年の積荷リスト』☞「一、両面羅紗 六端
一、・・・一、ミイラ 五十五斤・・・」
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そして、極め付きは『本朝医談』(奈須垣恒徳著、1822年)の「享保(1716~1736)より五・六十年前、みいらという薬流行して、歴々の大名も毎月三・四度ずつ五分七分(湯で割った割合か?)のむ。男女ともみいらのまぬ人なし」という記述で、さらに『本草弁疑』(遠藤元理1681年)では、「是れに二種類あり、俗に古手と云うは布目多く有、新渡は布なく質湿り(しつしめり)多し」というわけで、古代エジプトの本物のミイラと急造したミイラをきちんと区別しています。いずれにしろ日本では強壮剤として利用していたようです。ミイラの製造に使われた瀝青(れきせい=天然アスファルト)に薬用効果があったとも言いますが本当のところはわかりません。それにしても、みんなその素性を知ってたんでしょうかねえ。
またアレキサンドリアにいたユダヤ人の医者エル・マガーもしきりとミイラ薬をすすめたようです。この二人の活動がヨーロッパに伝わり、どこの薬店でも手に入るようなブームになりました。
紙に関する右の年表で、蔡倫の発
明以来、パルプの利用が始まるまで
の長い期間、紙の原料は、麻や木綿
のボロでした。

そして、紙の利用が盛んになった中
世・ルネサンス期には、慢性的なボロ
不足となりました。そんなとき目を付け
られたのが、ミイラに使われた布でし
た。
ミイラを覆った布など、いくらもないの
ではないかと思うかも知れませんが、
立派なミイラになると、主に亜麻(あま)
という布の総延長は、何と300~400mにもなるという試算もありますから、利用価値は十分でした。
この時代、不潔なボロが原因で、伝染病が蔓延することもありましたが、そのときこそ、ミイラの祟りということにされました。そうでしょうねえ!
どうするかが、まず工夫のしどころでした。
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